1980年19歳で自動二輪限定解除をし、当時出たてのGSX750S(通称750カタナ)を購入。諸費用込み60万円であった。
カタナは当時、人気絶頂のイタリアン・デザイナー、ハンス・ムートがはじめててがけたオートバイ、GSX1100S KATANAのスケール・ダウンとして国内販売された。
当時は暴走族を連想させる(カタナ)という名称は過激との判断で正式名にKATANAの名は無かった。ノーマルのどアップ・ハンドル(当時、耕運機ハンドルと呼ばれた)にヨシムラサイクロンマフラーを付けて喜んでいたが、少しでも本物の1100KATANAに近づけるべくセパハンに交換。純正1100KATANA用ハンドルとブレーキマスターシリンダーセットが7万円という暴利が普通であった。

当時の規制で最も厳しかったハンドル改造を750sの所有者がほとんどしていたため、白バイや検問によって(カタナ狩り)とまで言われた執拗なる取り締まりを受けた。
私自身、白バイに追われること5回。つかまること3回。すべてハンドル改造であろうという予測でとりあえず近づき停車させ1100KATANAで無いことを確認して切符をきった。外観上では見分けがつかなかったらしい。しかも、すべて「ブレーキ及びハンドル操作がしにくい」という理由の整備不良であった。3度目の白バイ隊員が改造申請を出せば通るはずだと教えてくれたので改造申請に挑戦するも当時は規制緩和の初期で強度検討書が作れず断念した。

でもおかしいと思いません?海外では1100ccについて安全が確認されて発売されているハンドルを同じ構造のバイクに取り付けて、しかも1100ccよりパワーがないんだから、強度が足りないわけがない。
でもだめなんだよねえ。なんででしょ?
この時の模様を24thメンバーの勝又氏と再現したものが当時のオートバイ誌(モーターマガジン社)に載ったこともあった。それほどカタナ狩りが注目されていたのだろう。
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この頃からいつかは1100KATANAを自分の物にと想いつづけ1986年ついにそのチャンスをつかんだのである。
これから始まる物語は、あこがれつづけたKATANAと私の愛と改造の物語である。